2018年3月28日水曜日

思うところ

英語の発音は英会話(トーク)の時よりも歌の時の方がその精度を問われる。歌になるとごまかしがきかないのだ。

それが、ここ最近歌の人への英語の指導の方が『妥協せずに教えることができて』幸せな理由。歌の人は発音ができないとちゃんと歌えない、リズムにはまらない、(音を)伸ばすところを自信を持って伸ばすことができない、など、発音がわからないが故のいろんな不安をすでに体験している。

もちろん会話で使う人たちもそれ(不安)は感じているだろうが、とりあえず意味さえ通じれば発音の精度は問われることはない。それが会話の人達が安易に挫折してしまう多くの理由でもある。発音の訓練をする時になぜそこまでやらねばならないのかが理解できず、ここまで必要ないのではと逃げてしまう。

ここまで必要か必要でないかではなく、事実としてそういう音で発音されているわけで、英語の発音を学びたいということはそこまで学習することが筋である。でもその辛抱が多くの生徒にない。しかしながら歌の生徒たちは違う。彼らは人前に立ち、それがまずいままではマズイことを誰よりわかっている。

それが彼らに辛抱を与え、出来るようになるまでやろうとする気持ちを与える。歌の生徒で、『この辺まででいいでしょ?』と言った人に会ったことがない。

私としては英語はたいていもう30年以上教えてきていて、メソッド的にも文法、発音ともに開発され尽くしてきていて、この年(56才)になり、こんなにも(教えることの)新しい展開が待っているとは夢にも思っていなかった。

まさか発音と音楽を交えて指導させてもらえるとは!!私自身も音は音楽と同じ感覚ですでに小さい時から持っていた。その自分の持っている最大限の感覚(能力)を生かして仕事が出来るなんて!!プロの歌手は偏差でいえば70超えのところからの指導。こんなにもクオリティーの高い授業が行え本望である。

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